目次
100年以上続く歯科医院の四代目として、地域に根ざした診療を行う井上先生。
従来の「治療中心」の歯科医療に疑問を持ち、“予防のその先”を見据えた医療を実践されています。
むし歯や歯周病が減少する今、歯科医療は何を担うべきなのか。
そして、本当に目指すべき“健康”とは何か。
その考えとこれまでの歩みについて、お話を伺いました。

「改革ではなく、時代の流れ」
予防へと向かった理由
四代目として歯科医院を継いだ当初は、高度な治療によって患者さんを救うことを目指していました。インプラントや補綴を学び、「困っている方を助ける歯科医師になりたい」と考えていたのです。ただ、実際に臨床の現場に立つ中で、次第に違和感を覚えるようになりました。
治療をしても、また新たに悪くなる方がいらっしゃる。過去の治療も、時間とともに再び問題を生んでしまう。その繰り返しの中で、「これはいたちごっこだ」と感じるようになりました。そこから、「悪くなってから治す」のではなく、「そもそも悪くならないようにする」ことの重要性に気づいたのです。
ただ、私はこれを“改革”だとは考えていません。
その時代に求められていることを、自然と実践しているだけだと思っています。
歯科医療の役割はどう変わってきたのか
歯科医療の歴史を振り返ると、その流れはとてもシンプルです。
痛みが出たら抜く時代から始まり、歯を残す保存治療へと進み、早期発見・早期治療の時代を経て、 現在は「予防」が中心になっています。ただ、私はその“予防”も、さらに次の段階に来ていると感じています。
今は、小さなむし歯すらできない時代です。そのため、「早期発見」という考え方も、すでに古くなりつつあります。「予防中心」という言葉にも、個人的には少し違和感があります。
今は“予防そのものが当たり前”の時代だと感じています。

むし歯が減った時代に起きている“新たな課題”
現在の子どもたちの口腔環境は、昔とは大きく異なります。例えば、12歳児を10人集めると、9人はむし歯がありません。いわゆる“むし歯の洪水時代”とは真逆の状況です。
では、今の子どもたちは何に困っているのかというと、歯並びです。むし歯や歯周病が減る一方で、歯列不正は増えています。ただ、これもあくまで結果に過ぎないと考えています。
歯並びの本当の原因は“生活そのもの”
歯並びに影響する要因は、実は日常生活の中にあります。口呼吸、姿勢、食べ方、食生活。こうした要素がすべて関係しています。私は、近代文明によって人間本来の機能が弱くなっていると感じています。
柔らかい食べ物や加工食品、便利な育児グッズなどによって、本来あるべき成長のプロセスが変わってきているのです。人間の「食べる・呼吸する・眠る」という基本的な機能が整えば、 結果として歯並びも自然と整っていくと考えています。
「真の健康」と「対症療法」
私が大切にしている考え方のひとつが、“真の健康”です。現代医療の多くは、症状に対処する対症療法です。熱が出たら解熱剤、咳が出たら咳止め、むし歯ができたら詰め物をする。 もちろん必要な医療ではありますが、それだけでは本質的とは言えません。
私が考える健康とは、「そもそも病気にならない状態をつくること」です。特別なことではなく、自然な食事、適度な運動、十分な睡眠といった基本が重要だと考えています。
0歳から始まる“予防の本質”
歯科も同様に、むし歯になってから対応するのではなく、ならない状態をつくることが本質だと捉えています。
予防は、できるだけ早い段階から始めることが大切です。
中でも最も重要なのは、0歳の時期だと考えています。特に母乳育児や初期の生活習慣は、その後の成長に関わってくる要素のひとつだと感じています。哺乳瓶やストロー、おしゃぶりなどは便利なものですが、大人の都合で生まれた側面もあると感じています。
本来の発達を考えると、できるだけ自然に近い形が望ましいです。最初の歯車がずれてしまうと、その後すべてに影響してしまうと考えています。

歯科医療の未来
「歯医者がいらない世界」を目指して
私たち歯科医師の役割は、むし歯を治すことだけではありません。むしろ、この世からむし歯をなくすことこそが、本来の仕事だと考えています。
その先にあるのは、「歯医者がいらない世界」です。
一見すると矛盾しているようですが、それが本来あるべき姿ではないでしょうか。私はよく「オーラルライフセーバー」という言葉で表現しています。溺れた人を助けるのではなく、
そもそも溺れないようにする。歯科医療も、そのような存在であるべきだと考えています。
情報社会において求められること
今は情報があふれており、何が正しいのか分かりにくい時代です。だからこそ、専門家の言葉をそのまま受け取るのではなく、自分で考え、判断することが大切だと思っています。
特に子どもに関しては、「目の前のこの子に何が必要か」を考えることが重要です。それが、親としてできる最も大切なことではないでしょうか。
症状ではなく、原因と向き合う医療へ
歯科医療は、これまでの「治療」から「予防」へ、
そして「ならない状態をつくる医療」へと変化しています。
その本質は、技術の進化ではなく、考え方の変化にあると感じています。
目の前の症状だけでなく、その背景にある原因や生活まで見つめること。
それが、これからの時代に求められる医療だと私は考えています。
井上先生のプライベートについて
お忙しい中での気分転換について教えてください。
ライフセーバーの経験もあり海が好きで、ウィンドサーフィンやヨット、SUPなど海のアクティビティが気分転換になっています。中でも、伊勢湾から望む夕日は特別で、仕事終わりに海を眺める時間が大きなリフレッシュになっています。
50歳を過ぎてからはトライアスロンなどにも挑戦し、朝はランニングやスイムなどの運動を習慣化しています。忙しい中でもあえて先に予定を入れ、意識的に体を動かす時間をつくることで、心身のリズムを整えています。

井上先生からのメッセージ
歯科医院に行くことを後回しにしてしまう理由は、「忙しいから」ではなく、そもそも必要性が十分に伝わっていないからだと感じています。
本当に必要だと理解できていれば、人は自然と行動します。それが起きていないのは、歯科医療者側が「なぜ行くべきなのか」「何のためなのか」を伝えきれていないことにも原因があるのではないでしょうか。
単に「定期的に通いましょう」と伝えるだけではなく、
それによって人生や健康にどんな価値があるのかまで説明することが重要だと考えています。これからの歯科医療は、虫歯や歯周病の対処だけでなく、その背景にある生活や口腔機能まで含めて伝えていくことが求められていると感じています。
その本質が伝わったとき、はじめて歯科医療の価値が正しく理解されるのではないでしょうか。
アイデンタルクリニック
〒479-0849
愛知県常滑市虹の丘7-11
https://www.i-teeth.net/






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アイデンタルクリニック こども予防歯科・矯正クリニック 理事長・院長/歯科医師
井上敬介 先生
インタビューを読む1972年愛知県生まれ。1997年に東京歯科大学卒業後、同大学院にて歯学博士を取得。医療法人真稜会理事長として、小児矯正や予防歯科、デジタル歯科医療に取り組み、患者の健康を第一に考えた診療を行っています。「口の健康が命を守る」という信念のもと、2023年に日本小児口腔発達学会(NPDs)を設立し、代表理事として活動を牽引しています。<br /> <br /> <br /> <br />
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長谷川みらい歯科・矯正歯科 院長
長谷川 雄一 先生
インタビューを読む2007年に明海大学歯学部を卒業後、大学附属病院での研修・勤務を経て、東京都内の歯科医院にて経験を積み、2016年『長谷川みらい歯科』を開院。<br /> 大切な人を通わせたい歯科医院をコンセプトに、世界基準の予防歯科を基盤とした総合歯科医療を実践されています。<br />